卒業生に送る言葉
時間が前後しますが、卒論集のはじめに、ゼミ生に送る言葉を書きました。毎年似たようなことを書いてはいますが、少しずつ違います。卒論作成を通して、学生たちに感じたことを書きました。
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みなさん、ご卒業おめでとうございます。
テーマが自由な卒論は、一見魅力的です。でも、最後の最後までとことん自分と向き合い続ける、実は厳しいものでもあります。まず、何を問いにするのかに悩まれたでしょう。いくつもある好奇心や関心のうちどれを選択していくのか、どのように絞っていくのか。そして、作成していくなかで、安易な道に流れるか、本当に問いを追求しつづけられるか、ご自身と向き合い格闘できるかの試練だったと思います。
その中で大事なこともあります。周囲の意見やアドバイスを積極的に聞くことができるか、そして、それにしたがってさらに問いを深化させることができるかです。自分の中に閉じこもって孤独な作業をする時間と、周囲の意見を聞くこと、より多くの文献を探し、その文献の著者たちと対話していくこと。これは、とくに卒論に限らず、多くの仕事においても、ひとつのものを完成していくために必要な作業でもあります。
最後に。
ごく当たり前のことですが、みなさんに、ぜひ忘れないでいただきことことがあります。それは、人から助けてもらえる姿勢です。私はこれが「礼儀正しさ」であると考えています。アランによれば、礼儀正しさは、同時に、自分の人生を大事にすることにもつながるんですね。
私は礼儀というものをこのように考えたい。それは、情念に対する体操にほかならない。礼儀正しいとは、すべての身ぶり、すべてのことばによって、次のことを言うか、表情で示すかすることである。「いらいらするな。自分の人生のこの瞬間をだいなしにするな」と。(アラン『幸福論』1993年、263頁、集英社文庫)
自分の情念を解きほぐす礼儀正しい振る舞いで、上機嫌であるための意志を持ち続ける、私もそうありたいなあと思っています。この卒論をご自身の出発点として、これから出会う多くの人の力を借りながら、ご自身の問いを開いていってください。
みなさんの前途が上機嫌のあたたかさに包まれますように。
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なんだかいつも当たり前のことしか書いていませんが、私もつい、忘れがちですが、そうありたいなあ、と思うことです。
写真は熊本城天守閣から見た風景です。冷たい風のなかに、ふわりの暖かな春の匂いが立ち込めていました。
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