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2011年5月

2011年5月19日 (木)

ポピーに和む

 先週半ばに急性の胃腸炎で、結構な激痛でした。急遽、講義も休講とせざるをえませんでした。翌日からは出講しましたが、まだ体調が微妙で、ようやく回復したと思ったら今度は子どもが風邪による胃腸炎。
 なんとも、急激に夏模様に変ってきた天候のせいでしょうか、どうも身体が追いついていかない様子です。
 共同研究している方々と研究会の日程調整のメールをしているなかにも、体調不良の方も多く、それをおして激務をこなしている様子がうかがえます。
 学生時代は、大学の先生って、暇そうでいいなあ・・と思っていたものでしたが、実際はもちろん違います。どの職も忙しいのは当然ですが、外側からのイメージとのギャップが結構大きいものの一つがこの仕事かもしれません。

 本当にみんな忙しい。学生のインターンシップの巡回の際にお目にかかる先方の担当者の方は、いつも驚くほどのご多忙さ。ほとんど走り回っておられる感じです。ママ友と話をすれば、それぞれの職場で、いかに忙殺されているかを痛感します。子どもの保育園では、先生方の大変さの一端は報告書のとおり。
 どうして、どこもここもこれほど忙しいのだろう、と、たまに心から不思議に思うことがあります。
 
 震災復興の現場のテレビを見ていたら、修復された家に新しい畳が入れられている場面がありました。その畳を作った職人の方が、自分の畳が生きる場を目にして、微笑まれていました。
「震災で仕事をやめようかと思ったけれど、やめないで本当によかった。」
 そのときの笑顔が、なんともいいがたいほどいい笑顔でした。私も、こういう笑顔ができるような年月を刻んでいきたい、と思いました。

 人はそれぞれの仕事に誇りをもっている。そして、その仕事はどこかで「だれかのために」生きている。忙しさの中に黙々と仕事を行なう多くの人たちは、惰性や麻痺や金銭以上に、そこに届くであろう、それが生きるであろう「だれかを感じていること」が力の淵源なのかもしれない。
 

 Photo_8

 実家からのメールで、きれいなポピーの写真が届きました。こういう写真をただ見るだけでも、気持ちが和むものですね。なにより、それを送ってくれる心遣いに気持ちがほぐれます。感謝。

2011年5月10日 (火)

先生はえらい

 このごろひょうんなことから、高校時代の先生のことをよく思い出します。表題は、先生という仕事をしている今やっている私のことではもちろんなく、私自身の先生の記憶です。
 思えば、高校のときの先生たちは印象的な先生がたくさんいました。

 古文の若い女性の先生は、源氏物語をうっとりと読み、「もののあはれ」を解説しながら「あ・・はれ・・」と慨嘆するところがなんとも興味深かった。授業中、その先生が見ている先は、わたしたち生徒ではなく、確かに、1000年前の平安時代でした。
 
 また、倫理社会の先生はとくに長い期間教わったわけではないのですが、好きでした。おそらく定年退職されたあとに非常勤で来られていたおじいちゃん先生、という雰囲気の先生でした。カーネルサンダースをぐっとアジア的にして、おだやかなインド象のようなゆったりとした雰囲気をもった先生でした。
 倫理社会は、宗教のこととか概略教わり、私はいつも興味津々でした。なかでもシャカが悟ったというところでは、???で私の疑問は膨れあがりました。いっしょうけんめい考えてもやっぱりわからないので、やはり先生に聞くことにしました。(私はこのように、わからないことは一度尋ねてみる、とても率直な生徒でした)

「お釈迦さまが悟った、というのは、何を悟ったのですか?」「そして、なぜ悟った内容が、『悟り』だとわかったのですか?」

 インド象のようなたおやかな先生は、びっくりしたような顔で私をみていたのですが(授業終了後にわざわざ質問にいく生徒は今も昔も少ないものでしょうから)、少し遠くをみて柔らかく微笑まれました。

「何を悟ったのでしょうねえ・・・」
「それが悟りだって、悟った人にしかわからないのでしょうねえ・・・」
「わかりませんねえ・・・」

 以上のことばは全て先生のことばで、ゆったりと答えられました。ああ、先生は悟っていないから、わからないのだ。悟らない限り、これが悟りだとはわからないのだ、ということは理解できました。
 先生がそのとき、何かの理屈をこねて説明してくれても、おそらく今の私にとって少しも記憶に残らなかったでしょうけれど、遠くをみて「わかりませんねえ・・・」と微笑まれたその横顔が、私にとって何より印象的でした。

 たぶん、その先生の見ている先を知りたい。先生って、それを知らなくとも、その先を愛おしそうに見てるだけで、教育なのだ。これは内田樹さんの『先生はえらい』を読んでその通りと思った記憶でした。
 
 内田さんが言うように、教員が楽しそうに仕事しているだけで、教育だとすれば、今の環境は、どうだろう。大学においても、どんどん楽しそうに仕事ができなくなる環境になっていることだけは、確かです。
 
 思えば、時代ゆえか、地方ゆえか、私は高校時代、のんびりとしたいい先生たちに、めぐまれていたなあと思いました。
 


 

2011年5月 6日 (金)

仙酔峡と立野駅

 仙酔峡へ初めて行ってきました。残念ながら、ミヤマキリシマはまだまだでした。花が咲いていなければなんだかわからないと思いますが、その地そのものが素敵なところでした。

Sensuikyo

 その帰りに南阿蘇鉄道の立野駅に。明治40年創業という「ニコニコ饅頭」が販売されていて、こういうものに目のない私はすぐに購入。小さな酒蒸しのこしあん饅頭でしたが、その食感は柔らかく、後味になぜかミルク風味があるような・・・気のせいかもしれません。
 つい、もう一つ食べたくなるおいしさでした。子どもが、その白いおまんじゅうをみて、「ニコニコの顔が描いてあるのかと思った」と言っていました。なるほど。食べたらニコニコするからニコニコだろう、と当然のように思っていた私ですが、子どもってやはりおもしろい。
 
Tateno

 まだまだ知らない熊本がたくさんあるある。子どもと一緒に子どもの感覚で追体験すると幾倍にも味わいがあるものだと思いました。自分以外の感覚を口に出し合うって、少しの旅でも旅はやはり楽しい。

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