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2011年4月

2011年4月30日 (土)

卒論へのコメント(遅まきながら)

 2月に2010年度卒業生の卒論のタイトルを紹介しましたが、内容紹介やコメントはあらためて、と言いつつ、触れてませんでした。
 今日こそは、簡単に内容紹介とコメントを(すでに3月に卒業した学生さんたちですが)。

1。花街文化の歴史にみる日本女性のおもてなし
 彼女は、入学してから最初のゼミのときから、リーダーでした。パワフルで行動力や統率力溢れていました。その一方で日本の女性性にとても関心をもっていて、最終的に卒論でそのテーマを選択しました。経営学にも花街の中に日本の伝統的なおもてなしのあり方を見る論考があります。彼女はそれらを参考にし、「一見さんおことわり」の本来の意味や「和の心」について歴史的なところからまとめました。「このような女性になりたい」という彼女の思いが明確な論文でした。

2。南の島のひみつ:幸せをもとめて
 彼女はテーマでかなり逡巡しました。空、天候に関心があるということで、風土論みたいなものとホスピタリティを結びつけて考えてみたら、と提案していたのですが、最終的には最も好きな「南の島」をテーマにしました。なぜ、人は「南」に楽園を見いだし、「南」を開発してきたのか。観光開発の歴史も含めて、南に人が幸せをもとめるあり方を論考しました。彼女はとくにハワイを事例にしましたが、それは高校時代に経験したハワイの方の振る舞いだったそうです。そのあり方が、現代の日本とは異なり、自然とゆったりと共生した、彼女にとってはとても魅力のあるものだった。そんなところから、卒論が出発し、最後の結びがすてきでした。人は南の島にしあわせをもとめるが、しかし、今見ようとすればここにもある。

3。聖書から学ぶホスピタリティ
 彼女はおじいさんが牧師で、彼女自身もプロテスタント系の高校出身でした。聖書の文言から、人間関係を円滑にするホスピタリティの原点を分析しています。他者への態度を述べる聖書であるが、しかし、他者とは何か。他者との関係性をどう作っていくのが可能なのか。愛のことばを分類して、現代日本のホスピタリティのあり方にも言及している論文です。マザー・テレサのことばから、愛は実践してこそであり、それこそがホスピタリティである、という視点は私も彼女との対話を通して理解しました。

4。海外旅行から知るホスピタリティ
 彼女は、本当に旅行が大好きで、いろいろなことにチャレンジする方でした。ご自分の原点である世界旅行についての本をきっかけに、それでも、なぜ現代の若者は海外旅行をしなくなったのか、どうしたら海外旅行に目を向けてくれるのか。こうした現状と問題意識をもとに、海外旅行の実情の分析、海外旅行の歴史をまとめ、現代日本において海外旅行の魅力を知ることの必要性を訴えました。彼女は、論文を書いているうちにどんどん視野が広がって、考察を深めていった方です。今は、大手旅行会社に勤務されていて、卒論の問題意識を拡張させつつ、がんばっているところだと思います。

5。CAFE:人と人がつながる場
 彼女は、ゼミに入ったときから、将来はカフェを経営したいと言っていました。自分で本格的なお菓子作りの勉強をしたりで、途中は地元の和菓子のアートをとりあげて卒論にするつもりでした。しかし、最終的に自分の大好きな「カフェ」が、人にとって何であるのかを論考することに決められました。カフェの分類をし、人と人がつながるさまざまな時間と空間を提供する場としての意味を強調しています。そこで、今の「インターネットカフェ」は、それからすれば、カフェという名であるものの、本来の意味からしてどうなのか、と検討もしています。いつか彼女の経営するカフェでゆっくりコーヒを飲みたいなあ・・

6。宝塚歌劇が長く愛され続けることとホスピタリティの関係
 彼女は、本当に宝塚の舞台が大好きでした。タイトルでほとんど内容まで想像が可能だと思いますが、宝塚が何を目指して成立し、どうしてここまで愛され続けるのか。それは宝塚の運営システムやファンとの関係性の作り方に、ホスピタリティという要素が見いだされるからではないのか、という論考です。私もいろいろ勉強になりました。こういうシステムだったんだなあ、とか、今のAKBのあり方を類似しているという彼女の指摘は慧眼だと思いました。

7。家族十人十色
 彼女は、家族というものが人にとって何を意味するのか、という壮大なテーマから、現代の家族のあり方を社会学的に論じました。いろいろな想いが交錯していたようで、それを整理するのに時間がかかりましたが、一旦できたら、大きなテーマをきちんと論じることのできた内容となりました。家族は正しいあり方などない、どのようなあり方でも可能で、何がそこにあればよいのか、という内容です。ひたむきな彼女らしい論文でした。

8。エンターテインメントから学ぶホスピタリティ
 彼女は、ダンスのインストラクターでもあり、今は東京でダンスの更なる修行をしています。その関心というか人生のテーマを卒論にしてくれました。彼女は引用文献などが少ないにも関わらず、自分のダンスにいだいている他者との関係のあり方、舞台というものが何かを、きりっと引き締まる文体で論じ、私もびっくりしました。自分なりのダンス観、世界観をもう語れるのだなと、ある職業に向き合うプロの姿勢を見た想いでした。

9。共感によるホスピタリティ
 彼女は当初、溢れるたくさんの想いや感性をまず、どうやって論文にまとめたらいいのかに苦戦していました。「共感」というキーワードで、他者との関係作りの基礎は、ここにあり、それがホスピタリティといかに関連しているかを、感動的な文体で論じました。小説風でもあり、随筆風でもあるのですが、参考文献はあるものの、通常の論文体ではありません。でも、これが一番彼女らしい卒論だと思わせられた論文でした。

10。スタジオジブリから考えるホスピタリティ
 彼女はジブリの映画が大好きで、そのことをテーマとしました。好きだけど、どうして好きなのか、何がこれほど多くの人を惹き付けるか、というところで論考を深めるのにかなり苦労していましたが、スタジオジブリという職場環境そのものが、ホスピタリティ溢れる場所であること、その制作理念の分析、そしてディズニーと内容的にどう異なるのなどに言及しました。映画のキャラクターが、高校時代の怖かった部活の先生に似ていて、怖いけど、自分の人生において大きな影響を与えたカッコイイ憧れの女性だったことに気がついたり。彼女は書き上げて、一皮むけた感じのように見受けられました。

11。うつとホスピタリティ
 彼女は、最初、環境ホルモンをテーマに書こうとしていたのですが、最終局面でこのテーマに変えました。もとから関心があったテーマだったそうで、このストレスフルな現代社会で、「うつ」をどう予防し、どうつきあっていくのがいいのか。また、うつにならない職場とはどのようなものなのか、うつを受入れて回復を促す職場、社会とはどんなものなのかをホスピタリティのことばで論じました。彼女の一生懸命さが伝わる論文でした。

12。音楽とホスピタリティ
 彼女はアニメが好きだったので、すっかりアニメをテーマに書くのかと思っていたのですが、それ以上に音楽が好きだったようです。彼女は、あっという間に卒論を、それも完成度の高い卒論を書き上げました。音楽が人類に到来した歴史から、どのようにジャンルが分化していき、それぞれがどのようなときに人間にとって必要であるか。個人的な体験もふまえ、医療現場やさまざまな現場でのBGM効果にも言及しました。おとなしい感じの学生さんだったのですが、文体はきりっとして、冒頭からことばにもリズムがありました。音楽好きが文体にもあらわれる論文でした。

13。子育てに対するホスピタリティ
 彼女は、3年生のときに結婚し、出産しました。その経験・育児をすることから、以前とは異なった視点で社会が見える様になったようです。社会において子育てに対してどのようなサポートや寛容があるのか、たとえばさまざまな育児放棄や虐待などの事件がある背景に言及しつつ、どのような社会であればいいのかを論じています。今、彼女は保育園に子どもを預け、ワーキングマザーとしてがんばっています。

14。異文化から学ぶホスピタリティ
 彼女は、海外旅行のテーマで書いた方と仲良しで、いつもいっしょに旅行していました。テーマはやはり旅行や異文化なのですが、彼女はパリにあるホスピタリティについて当初、卒論を書こうとしていました。しかし、パリを旅行で少し経験してから、想像していたパリではない、その結果「パリ症候群」ということばにつきあたりました。ここから、彼女の論考が爆発的に開花します。パリ症候群が何か、パリに限らず、それに陥らない方法はなにか、異文化を理解する基本が何か、ということを深く論じました。最後の最後まで、論考を広げ、深める続ける方で、本当に感服しました。

15。包む心とホスピタリティ
 彼女は、本当に彼女のお人柄をあらわすような律儀なきちんとした、しかもあたたかな論文を書きました。ラッピングというものに関心をもっていて、包むこと、その包み方に実はさまざまな人の想いが溢れていることを、歴史的経緯からも明らかにしました。包む心こそが、中身のいかんにかかわらず、ホスピタリティを象徴するものであること。折しも「タイガーマスク」と名乗る人たちの贈り物の行為は現代日本においても、その心が消えない証と論じています。

16。サッカーとホスピタリティ
 彼女はスポーツ観戦、とくにサッカー観戦が大好きでした。私は、最初、サッカーについてどう書くのかなと思っていたのですが。サッカーの歴史を冒頭に、サッカーが観衆と結びついて、どのように地域に貢献していくのかを論じました。日本のJリーグを事例にして、地域振興やまちづくりにどのように貢献しているのか、また今後の可能性について興味深く書いてくれました。


 以上、16論文です。私自身が彼女たちと対話しながら、ゼミのみんなで発表を聴きながら、いろいろなことを学べました。このような対象がこのように面白く見れるのだ、実はこうした視点があったのだ、と対話しつつ気づいたことがたくさんありました。それによって、私自身、これまで関心のなかったところも、本を集めて読んでみたり。おかげで、ぐっと楽しみの幅が広がりました。だから、私はゼミがとっても楽しい。

 彼女たちが、あるテーマを深めていけば、きっと面白い場所に行き当たると感じてくれたら、それが何よりです。社会の場で、きっとそれがなんの変哲もなさそうなところで、学びを起動してくれるのはと思います。
 

2011年4月28日 (木)

保育士の休憩時間

 今日は朝から保育研究会でした。私は保育については、まったくの専門外ですが、自分の子どもをとおして、保育園や保育士さんたちの問題に関心をもつようになり、定期的に研究会に参加しています。

 熊本市内の保育園で、休憩時間を確保している園の園長先生にその取り組みをご紹介いただきました。
もう軌道にのって4、5年経つそうですが、試みが定着するまでには1〜2年かかったそうです。保育士さんの労働の過重さについては、市内でアンケートをとり、昨年報告書を出しましたが、そこで見られる健康不安を打開するための取り組みは制度上も問題もあり、なかなか厳しい現状です。
 その中で、園でできる取り組みが、なんとか園児から離れて、10分でも休憩時間をとる、ということです。少しの時間でも、園児から離れてほっと一息、コーヒーを飲む、お茶をのむ、などだけで、気分が切り替わり、午後からの仕事の効率もあがるようです。

 今日のお話では、まず職員から「休憩時間なんかとるくらいだったら、連絡帳を書いたり、日誌を書いたり、持ち帰りの事務作業を減らしたい」「今でもいっぱいなのに、休憩なんか無理」という意見が大半だったようです。しかし、園長はご自分が小倉の保育園で休憩時間を確保されていた経験を踏まえて、やれないことはない、と取り組みをはじめられたそうです。
 そうすると、休憩時間をとるために、職員間で声をかけあい、みんなが休憩時間をとれるように補佐にまわったりの連携ができ、忙しい中で交流がない職員間でも連帯感が生まれてきたということでした。そうなると、業務自体も、いちいち遅くまで会議を行わなくても、一日15分程度の昼礼(朝礼に代わって)などによって、連絡がスムーズになる。仕事も、休憩をとるためには、どこを合理化して分担していけばよいかをみんなで考えだすようになり・・・
 というように、休憩時間を確保するために、職員間の連携が高まり、そのために、業務の効率化が促進され、職員のストレスも軽減、身体の不調も軽減、といういい循環が生まれるようです。

 なるほどなあ、と思いました。以前、「流れる日課」で和地由枝先生にお話いただいたように、まず理念を実現するためにどうしたらいいか、なんとかがんばっていく。できないだろうではなく、できるためにはどうしたらいいか、というところから少しずつ取り組む、ということが重要なようです。そうしていくことで、仕事の分担作業の合理化とそれに不可欠な職員間の連帯が生まれる、と考えられます。
 
 私たち大学でも、普段から問題意識や現状を共有しないままに会議を行うと、果てしなく長くなって、なかなか問題の解決や対処にまで至らないことはありますが、普段から細かな声かけや問題の共有を行っておけば(つまり、これが連携ですね)、よほどのことがない限り、不毛な時間を浪費するような会議にはなりません。私の学科では、普段から教員間で問題を共有しあうような連携がよくなされているので、それが学科運営に反映するのだろうと思います。

 どんな職場でも、したがって、スタッフ間の関係性のあり方が、職場の提供する仕事内容として如実に反映されるものでしょう。ぎすぎすした病院では、いい気分で診察は受けられませんし、大声でスタッフを叱っているようなお店や、みんな疲れ切った顔をしたお店では、あまり買い物をしたいと思わない。

 職場環境とは、どの職種においても、仕事の効率や内容を結果的に左右するものなんだろうと思います。保育士さんが働きづめで、お昼も食べたかどうかわからないような環境ではなく、少しでも気持ちの切り替わる時間と場所がもてれば、保育士さん自身の健康も守られ、それが結果的に子ども達への保育の質の向上にもつながる。

 短期的には今、休憩をとることは時間のムダ(もっと他の仕事ができるのに)ととられます。しかし、休憩を少しでもとることは、今の子どもや保育士さん自身にとってよい結果となるのみならず、さらには、人間形成の土台を大切に保証された子どもたちは社会にとっても財産です。
 短期的合理性ではなく、長期的合理性で、いろいろな物事を考えていくことは大事だなあと思いました。

2011年4月27日 (水)

北野ブルー

 社会学者の熊田一雄さんの『男らしさという病?:ポップ・カルチャーの新・男性学』(風媒社、2005年)は勉強になりました。多様な内容が論じられて、それ自体刺激的ですが、なかでも北野武氏の映画論は面白かったです。

 北野武さんの映画がなぜ、ヨーロッパであれほど高い評価を得ているかということは、私もよく疑問に思っていたのですが(というのも、私自身見たいくつかの映画にどうも共感できなかったし、どこが高い評価を得る理由であるかが今ひとつピンとこなかったから)、熊田さんは、それをACという概念から考察されています。
 AC(アダルトチルドレン)は、「自己の生きづらさが親との関係に起因すると自覚する人」(99頁)で、その最大の特徴は、本人は否認しているけれど「自己承認への欲求」だそうです。北野さん自身が自分のAC性を回復させるのではなく、芸術的に昇華させる方法を選んだ。その方法が、「先進国、とくに戦争で大きな打撃を受けたヨーロッパと日本の戦後第一世代、日本の団塊の世代の男性たちの間でグローバルな共感を呼んでいるのではないか。」(100頁)


 あの世代の男性の父親たちは戦争体験をもち、アル中ではなかったにしても、戦争トラウマによって人格が偏っていた人たちが少なくなく、北野のAC性は彼の世代全体の一大特徴であるはずである。‥
 ヨーロッパの映画評論家たちが「北野ブルー」と呼ぶ、彼の映画の背景のくすんだ青色は、彼の世代のAC的男性のメランコリーを芸術的に表現したものだろう。メランコリーとは、「いまだ達成されたことがないものを失ったことを嘆き悲しむこと」であり、北野の場合、「失ったもの」とは自己肯定感と他者との親密性だろう。北野の唯一のメルヘン映画『菊次郎の夏』が、いわば『母をたずねて三千里』の末に母に出会えなかった男の子の物語であることに注意する必要があるだろう。フェミニストのジュディス・バトラーは、「ジェンダーのメランコリー」という有名な論文で女性のメランコリー(統計的には男性より多い)を彼女なりに分析しているが、男性、とくに戦後第一世代のメランコリーには彼女は何も言及していない。そもそもAC概念を知らない(たとえ知っていても自分のAC性を否認する傾向が強い)彼らのメランコリーにはこれまでまったく受け皿がなかったのであり、そこに北野映画が高い芸術的評価を受ける根本的な原因があると思われる。AC概念が完全に浸透しているセラピー大国・アメリカでは、彼の映画がヨーロッパの映画祭においてほどには評価されないのも、同じ理由にもとづくと思われる。(以上、熊田2005:100-101頁)


 戦後第一世代におけるAC的男性のメランコリー。なるほど、「北野ブルー」はそのメランコリーを表現していたと考えれば、私が容易に共感しえないのはわかる。もっと下の年代にいけば、そのメランコリーは別の形のメランコリーに読み替えられていくのかもしれない。熊田さんが指摘しているように、「男性同士の絆」=友愛が、近代資本主義の冷酷な社会(男性中心社会における冨と権力の不平等)において死によってしか達成されない、ということは、団塊の世代以降にも、さまざまな状況において強烈に共感しうることかもしれない。

 熊田さんの本は、論じる対象が私の関心ともとても重なり、勉強になりました。村上春樹についての見解は、かなり異なりますが、どうして異なるのかを考える材料をも、「はじめに」「あとがき」で詳細に述べられているので、とてもよい刺激をいただきました。

2011年4月26日 (火)

クリスマスローズ

 実家に咲いていたという花「クリスマスローズ」の写真です。

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 イギリスのクリスマスに咲く、という花だからこその名前だそうですが、日本の市場に出回っているものはその本来の花とは少し異なっているそうです。それでも、名前はクリスマスローズ。
 最初、どうして今頃咲くのに、「クリスマスローズ」なのかなあ、と思ってあれこれ想像をめぐらせていました。オーストラリアのように日本の反対側で、あたたかいクリスマスに咲くから、この名前なのかなあ、とか。クリスマスの到来を期待して付けた花の名前なのかなあ、とか。その清らかな想いがこの透き通るような白なのかな、とか。

 正しい由来を知らないでいたため、きれいな白い花という以上に、あれこれ、クリスマスローズをいっそう豊かに味わえました。文脈を理解しないと、ある筋道は見えない。けれども、文脈から切り離されたとき、そこに働く多様な想像力が、モノやコトバにグラデーション=多様さ、豊かさを与えるものなんだとすれば、文脈から離れてみることは結構面白いですね。
 文芸批評の定番ではありますが、ささいなことでも自覚して、言語化してみれば、なかなか楽しいものだと思いました。
 
 
 
 
 

物語の力

 『ONE PIECE』のバイブル的要素は、『ONE PIECE STRONG WORDS』の内田樹さんによる解説でも指摘されていますが(この解説がすごく面白く素晴らしいです)、WIKIによれば、NHKのクローズアップ現代でも今年の2月にもその魅力が特集されていたそうですね。私は、少し前まで、何の関心ももっていなかったので、まったくスルーしていました。
 いま、いろいろな必然性も伴いながら、『ONE PIECE』の物語世界の魅力と、それから「物語」というそのものの力についてあれこれ思いめぐらせています。
 
 村上春樹が物語の力を、オウム真理教に抗する力として述べていることはとても有名かつ興味深いところです。いくつかの箇所で述べられていますが、今年出された『雑文集』では、まとまった形でその姿勢が垣間見えます。

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 オウム真理教に帰依した何人かの人々にインタビューしたとき、僕は彼ら全員にひとつの共通の質問をした。「あなたは思春期に小説を熱心に読みましたか?」答えはだいたい決まっていた。ノーだ。彼らのほとんどは小説に対して興味を持たなかったし、違和感さえ抱いているようだった。人によっては哲学や宗教に深い興味を持っており、そのような種類の本を熱心に読んでいた。アニメーションにのめり込んでいるものも多かった。言い換えれば、彼らの心は主に形而上的思考と視覚的虚構とのあいだを行ったりきたりしていたということになるかもしれない(形而上的思考の視覚的虚構化、あるいはその逆)。

 彼らは物語というものの成り立ちを十分に理解していなかったかもしれない。ご存知のように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フィクションと実際の現実とのあいだに引かれている一線を、自然に見つけだすことができる。その上で「これは良い物語だ」「これはあまり良くない物語だ」と判断することができる。しかしオウム真理教に惹かれた人々には、その大事な一線をうまくあぶりだすことができなったようだ。つまりフィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけていなかったと言っていいかもしれない。(村上春樹『雑文集』新潮社、2011、204-205頁)

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 私自身、まだほとんどうまく整理できませんが、文字による物語世界/マンガ・アニメによる物語世界、というものについて、村上春樹は峻別しているように見えます。そして、マンガやアニメのような視覚的虚構化としての物語は、現実とフィクションの境界を見えにくくする、と考えているようです。では、やはりアニメやマンガの延長線上にあるライトノベルというジャンルはどうだろう?これも視覚的虚構の系列ということだろうか。
 また、彼自身をライトノベルの系列に挙げる批評家もいるけれど(私はそう思いませんが)、そのようにライトノベルとして彼を挙げる批評家たちは、彼のことを「構造しかない」とか「わかりやすい視覚的虚構を創出している」として、アニメやマンガのレベルで人々を惹き付けていると考えるのでしょうか。

 まだ次元を繰り上げて考えないと整理できないことですが、それでも、やはり根本的に思うのは、村上春樹が支持され、そして、『ONE PIECE』や宮崎駿アニメが圧倒的に支持される理由は、その物語の力であることには間違いない。しかし、その力が「視覚的」になっているということは(村上春樹の作品がそうであるとは思えませんが、そうであるとする批評家を踏まえれば)、現代社会の何を意味するのだろう。

 視覚的ということは、そこからニュアンス、陰影が消えて、想像力が相対的に限定され、多くの人の個々別々の多様な読みを実践困難にする、ということでしょうか。また、脇明子さんも指摘していたように、どんな奇妙な物語世界でも、身体感覚の抵抗を受けないために、違和感なくすぐにその世界に同化することができる、ということでしょうか。
 これは、マンガが原作で、テレビドラマ化されることが多くなったり、アニメ化されて違和感がない(失敗がない)、ということにつながるのかもしれません。読者が視聴者になっても、個々の想像力の幅がすでに視覚的に限定されているために、想像を大きく違えて幻滅することがない、ということなのかもしれません。

 文字による物語だったら、映像化をそもそもしてほしくない、して幻滅を味わいたくない、マンガやアニメの世界より、「私だけの読み」がもっと多いのかもしれません。マンガやアニメだって、もちろん「私だけの」多様な読みがあるのは当然でしょうけれど、その想像可能性の選択肢が相対的に限定されているのでは、と思えます。
 視覚的になるということは、ニュアンスが消える、陰影が消えるということ。つまり、それは個々の多様な「味わい」が希薄になるということなのかもしれません。この陰影が、「味わい」である、ということは、ロシア文学の研究者である太田丈太郎先生のブログで拝読したことです。太田先生が論じておられる文脈から外れたところで、陰影のみに私は拘泥しているかのようですが、視覚的なわかりやすさにはまってしまう我々は、陰影の豊かさを面倒がって捨て去っていくのかもしれない。そして、「わかりやすい」物語の力に、惹かれていくのかもしれない・・・

 考察の端緒ですが、やはり『ONE PIECE』を丁寧に紐解くと、何かが理解できるかなと期待しています。

2011年4月23日 (土)

おいしいお肉の話

 今日は保育園の懇談会と育児講座、それからお昼が山都町の生産者「心の会」の坂本さんの育てているお肉を提供してもらってのバーベキューでした。
 育児講座では、熊本市内の辛島町にあるイタリアンレストランである「リストランテ・ミヤモト」のオーナーシェフ、宮本健真さんのお話でした。宮本さんは、日本の畜産業の現況をお話くださり、われわれが通常おいしい、柔らかいと思う牛肉が、その柔らかさを出すために、いかにして牛にストレスを与える環境で、抗生剤を使った穀類を食べて生育させられているかをわかりやすく語ってくださいました。
 通常、牛の目は黒い、と私も思っていたのですが、宮本さんによると、それはビタミンAが与えられずに目が見えなくなっているからで、「心の会」の坂本さんのところの牛は、人間と同じ様に白目と黒目があり、ぎょろぎょろしている、ということです。
 なるほど。そんなにも動物として弱った生き物の肉が、ごく普通に売られているのか、と思いました。実際に、売られている牛肉のうち、半分の数の臓器は病気をもっているということで市場には出回らないそうです。
 宮本さんのお話は、これまで知識として概略知ってはいることの、具体例と実感の豊富さによって、とても納得できるものでした。

 ただ、私は安心・安全を強調し、こだわる人たちのその最後の部分、つまりどうして「そこまで」安心・安全にこだわるのか、そのこだわる意義はどこにあるのか、ということに関して漫然と疑問をもっていました。(私はどんな良きものでも、「こだわり」が強すぎるものには、つい警戒するくせがありますので。)

 安心・安全の食は確かにうれしいし、それに越したことはない。もちろん、おいしい。だから、私もなるべくそういう食を選んで食べ、家族に食べさせる。ただ、どうしてもそれに「そこまで」こだわるのか、その究極のところは、どこか理解できないものでした。
 おそらく、私たちのだれもが、生から死へ向かうものとして、つまりそれ以外ではありえない存在として、その間に多少、自分の身体に安全を欠いたものが含まれようと、どのくらいの違いが生じるのだろう、そんな疑問でした。つまるところ、それは人生そのものの意味をどこに見いだすかという、世界観・宗教観にもつながるものでもあります。
 ですから、安心・安全を強調し、それに極めて熱心に関わる方々の世界観/宗教観とはどういうものだろう、と考えていたのかもしれません。

 今日は、そのひとつの答えとして、「心の会」の坂本さんから次のようなことばを聞くことができました。
 「私たちは生き物の命をもらっているのだから、その命をもらう以上は、健康でなければならない。」
 文言が完全に一致はしないと思いますが、こういった趣旨のことでした。
 私は、安心・安全にひたむきに情熱をかけられる方の世界観の一旦を、はじめて、この言葉で垣間見た気がしました。命をもらっている以上、その命を無駄にしないで、私たちの健康にしっかりつなげることが、命の連関で生きさせてもらっている我々人間の務めだ、ということと私は受け取りました。
 それは、言い換えれば、命をもらって生きる者の倫理、ということかもしれません。だとすれば、せっかく命をもらっているのに、その命を無駄にするような栄養として摂取していては、倫理に反することになります。
 他の多くの方の「こだわり」については、個々様々で、一様には語れないでしょうけれど、坂本さんを通して、これまでの「安心・安全へのこだわり」への見方が、その一旦は理解しうるものになったことが、深々とうれしかったです。
 
 お昼から、坂本さんのところのお肉を使ったバーベキュー、それはそれはおいしかったです。私は数日来、胃腸の調子が悪く、今日もせっかくなのにあまり食べれないだろうと思っていたところ、不思議なほど食べてしまいました。しかも、あんなに食べたのに、少しもあとから胃もたれしないのです。
坂本さんによれば、上質の脂だから、胃もたれしないということでした。おいしいお肉をいただき、食の安全に「こだわる」ひとつの意味/世界観を教えられた一日でした。

2011年4月21日 (木)

粛々と

 新学期がはじまって、再び講義の準備、反省、意欲、疲労・徒労など、めまぐるしい毎日です。
 どんな仕事もそうでしょう。ホスピタリティを冠する学科で、人相手の仕事という感情労働について講義するその自分も、まさに感情労働のさなかで「感情労働」を実感し、その厳しさと興味深さに対峙しています。
 講義のあとは、口もきけなくなるほど疲れ、あれこれ反省したり改善を構想したりします。しかし、最終的にはいつも、「粛々と」職責を果たすことに尽きる、と思い至ります。

 「職責を果たす」しかも「粛々と」。私にとって、座右の銘とも言えることばの一つです。数年前から、このことばがなぜか浮かび、それが自分の仕事(とくに講義)に対する姿勢を表していると思いました。だれかに媚びたり、歓心を買ったりすることにとらわれず、その与えられた時間に、どれだけ職責を全うできるかに専念する、ということです。職責とは、与えられたその時間を相手にとって最善であるよう、精一杯務めることです。
 それを淡々と、粛々と行うこと。よい講義ができたとか、うまくできなかった、など学生との関係において、一喜一憂しがちな自分に、本来の仕事のあり方を冷静に思い起こさせることばです。

 私は自分の職責を果たせているか。仕事において疲れていても、落胆していても、この言葉を思いだすと、濁った感情もどきが、立ち消え、なすべきことを粛々と果たそうと思えます。実は、今日かなり疲れていたのですが、書きながら、この言葉を思いだすことで、力が出てきました。

 私の場合、だれかから聞いた言葉ではなく、しかも断片的なのですが、こうした自分にとって力のある言葉って、ある種の宗教以上に、人を支え、強力に作用するのかもしれません。

 聖書にも珠玉の言葉が当然ながらたくさんありますし、仏典もしかりです。その他の宗教の経典にもそれらの力ある言葉が並んでいます。しかし、現代の我々が帰依ではなく消費するのは、こうした断片的な言葉であり、それらが語られる見聞きしやすく手に取りやすいサブカルチャー的産物であるのかもしれません。

 先日書いた、学生さんたちへの質問「あなたに影響を与えた書物は?」の結果ですが、ダントツで多かったのが、尾田栄一郎さんの『ONE PIECE』でした。本学も熊大もどちらもダントツに1位です。ちょうど、私の大好きな内田樹さんの解説を付した『ONE PIECE STRONG WORDS』が発売されています。やはり、ぜひ読んでみなくては、と思ったことでした。

 力のあるコトバ、今の社会でいったい何だろうと思います。

2011年4月15日 (金)

読む力は生きる力

 読むことと、映像を見ること、これが想像力とどう関わり、生きる力とどう関わるかについて、児童文学者の脇明子氏が示唆的でした。先月、私が村上春樹世界の魅力を公開講座で話したときにも、触れた点です。
 いくつか引用します。

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 「緑の太陽」という言葉を口にするのはやさしい、と彼は言う。しかし、それが存在する世界をまるごと作り、読み手の頭のなかにその世界が浮かぶようにしたいと思ったら、緻密な思考力と、職人的な手間仕事、それに加えて「妖精の技ともいうべき特別な技」が必要である。光が常に緑だとしたら、草木はどう育ち、花々はどう見えるのか。それが人間の心にもたらすのは、どんなちがいなのか。もし取り立ててちがいがないとしたら、それはファンタジーを生み出す核になるほどの「非現実の仮定」ではなかった、ということだ。
 ところがそれに対して、絵でそれを描けば、「ああ、こんな世界なんだな」と一目でわかる。もちろん、絵には描けないものだってあるわけだが、トールキンが言いたいのは、絵なら非現実なものを見た気にさせるのがずっとかんたんだ、ということだ。(脇 明子『魔法ファンタジーの世界』岩波新書2006、14頁)

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 たしかにそうだ、と思いました。緻密な思考力や職人的な手間仕事、表現者もですが、これは受け手にもそれを描き出す想像力がなければ、とうてい物語世界に入っていけません。絵だったら、何の苦労もなく、理解した気になる。

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 アニメやゲームに慣れた現代の子どもたちが面倒がらず読んでいるファンタジー作品を見てみると、ストーリーはゲーム仕立て、登場人物が場面を想像するのにはアニメの映像を思い浮かべればいい、という具合にできているものがほとんどだからだ。‥
 アニメの映像ではなくリアルな情景を思い浮かべ、五感全体を使ってその世界に入りこもうとすると、非常に気持ちが悪かったり、矛盾が気になってはじきだされたりすることが多い。逆に言えば、自動的にアニメの映像が思い浮かぶように作ってあるから、矛盾があっても気にならず、殺傷場面やグロテスクな場面も比較的平然と読んでいられる、ということだ。‥
 『指輪物語』にも、残虐なオークたちの忌まわしい幽鬼たちの出てくる戦いの場面などがないわけではないし、描写が五感に訴えるリアルなものであるだけに、その恐怖はけっして小さいものではない。しかし、ぞっとしながらもいやな気持ちにならずにすむのは、そうした場面のほとんどすべてが、健全で小心なホビットたちの視点から描かれているからではないだろうか。フロドやサムがなんとか耐えているかぎり、読者も人間的な恐怖心を分かちあいながら、いっしょに耐えていくことができる。それにひきかえ、感情移入の対象である主人公が、どんなに残虐な場面に出くわしても平然としているように描かれていたら、読者もまた無神経になるか、たった一人で恐怖をかかえているしかないのだ。(脇 明子『魔法ファンタジーの世界』岩波新書2006、192-193頁)

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 文字言語によるファンタジーと映像のみによるファンタジーの違いは、このように「自分自身の五感」を使うか使わないか、「五感による抵抗」を媒体に、ファンタジー世界に入るか(文字言語)、「五感による抵抗」なしにファンタジー世界を当然のこととして受けいれるか(映像)と理解できます。
 こうした違いによって、育まれる「想像力」は、何もファンタジー世界だけに不可欠のものではありません。

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 想像力とはファンタスティックなことを思い描く能力ではなく、その場にないもののイメージを思い浮かべる能力だと説明しましたが、思い浮かべる対象は「もの」だけではなく、人間の感覚、感情、考えなども想像の対象となります。想像力を働かせながら物語を読むとき、私たちは、その場の情景だけでなく、登場人物が幹事、考えているあらゆることを、自然に思い浮かべています。場面によっては、向かい合っている一人の心のなかには不安があり、もう一人の心のなかには期待があって、両者が見ている世界の色合いが大きく隔たっていることを理解していたりもします。
 これは言うまでもなく、生きていく上で大きな意味を持つ力です。‥想像力は、この先起こりうることを予測するのにも役立ちます。さまざまな知識や、論理的思考力などを総動員して、頭のなかに未来図を描き出すのは、想像力です。いまは冬だけれど、夏になればどこがどう変わるかが想像できれば、思わぬ事態になるのは防げるかもしれません。要するに想像力は、他者とかかわっていくためにも、いろんな仕事をしていくためにも、ひじょうに役にたつどころか、必要不可欠と言っていい力なのです。(脇明子『読む力は生きる力』岩波書店2005、142-143頁)


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 60年代後半生まれの私と同じくらい、それより上の世代だったら、文字による媒介で物語世界が眼前に広がるよう想像していたものだと思います。また、物語世界に限らず、さまざまな事象も音声や文字によって想像するしか手段がなかった、がゆえに独自にその世界を「想像する力」が当然のごとく育まれてしていったのだと思えます。
 もちろん、その時代もテレビや映画などの映像世界に触れることはありましたが、質、量ともに今とはまったく異なる環境です。現在の大学生を含むそれ以下の世代は、圧倒的な刺激を有する映像世界に幼い頃から日常的に触れていたとすれば、文字や音声のみを媒介にして、独自の世界を想像することは、人によってかなり困難を伴うのだろうと理解できます。

 私の授業でも、黒板とプリントという講義の形で、理解してくれていると思えるのはごく限られた数で、それも年々減ってきたようです。彼らの責任に帰するのではなく、想像力を駆使する力がいかにして育まれたか、その環境の違いなのでしょう。
 長年、板書にプリントという形式できた私も、昨年からパワーポイントを用いるようにしました。これは、そうした彼らの様子と環境を、遅ればせながら理解してきた結果です。手応えを検証するにはまだ早いですが、こちらの方が、彼らの関心を惹き付け、集中力を持続させるのに役立っていることは感じられます。

 一方で、視覚的な切り取りのわかりやすさゆえに、「わかったつもり」になる恐ろしさもあります。
 視覚的な切り取りから捨てられた部分、捨象されてきた本当はもっと大事なところを、独自に「想像」していける力こそ、大学では必要なのですが・・・。

 それをこそ、伝えるコトバはどのように模索され、構築されるのか。なんとも難しいところですが、同時に興味深いところです。

 

2011年4月14日 (木)

あなたに影響を与えた書物は?

 授業が始まって1週間です。私は担当の授業で、本学で2クラスと熊大で1クラスの合計、おそらく550名くらいの学生に「あなたの人生に影響を与えた書物は?」と尋ねました。書物というジャンルで書くことがない場合も今やとても多いので、もっと選択肢を広げて、マンガ・アニメ、映画やドラマ、音楽などのジャンルで書いてもらいました。
 なぜ、こういうことをしているかというと、私が話す話型や比喩が、果たして彼らにどのくらい伝わるのだろうとここ数年疑問を感じていたからです。以前、「カチカチ山ショック」でも書いたことですが、自分が当然と思っている内容を事例に話したとしても、まったく伝わらない、伝わったとしても、ごく一部、あるいは大きな誤解であった、などが実感としてよくあるのです。
 私も年をとり、今の学生に伝えることばは、今の学生の琴線に触れる内容を理解しないと得られないのではないか、と感じています。もちろん、私と彼らに通底する普遍なるものが想定できるから、授業はできるのですが、その表現手段としてのコトバに、彼らが理解しやすいようなコトバが含まれないと右から左に抜けてしまうだけだろう、と思うのです。
 彼らの琴線に触れる内容はそれぞれに異なります。また、たとえそれをいくつか知ったとして、彼らのコトバを使って私が伝えたいものを伝えようとすれば、大事なものが変換されて棄てられる可能性がないわけでもない。したがって、画期的に効果が期待できる類いのものではないのですが、そもそも同じ時間を共有しながら、自分の語ることばが彼らにとって空疎であるなら、本当に虚しい。彼らにとっても、大いなる時間のムダという気がするのです。

 そういう思いで、昨年から講義をとっている学生に上述の問いに答えていただいてもらっています。まだ集計の途中ではありますが、なかなか興味深いです。
 私も彼らが挙げる内容のものを、多少なりとも理解していかなくては、と思います。熊大から帰りに考えていたのですが、これは、まさに実践「異文化理解」ですね。授業をとおして、価値観の異なる(かもしれない)今の学生さんをどう理解し、どう伝えることばを獲得していくのか。文化人類学の教室での実践編という感じです。こう考えると、授業の準備も楽しく、ワクワクします。

 彼らの琴線に触れるもの、影響を与えたものが何かは、集計が終わってからまた書きます。昨年と同様なのは、やはり書物(文字言語)での影響力よりも、マンガや映像が本当に増えているということですね。そのインパクトは相当なものなのでしょう。これも、じっくり考えて行きたいところです。脇明子さんの『読む力は生きる力』は、文字と映像の違いを理解する上で参考になります。
 
 話は変わりますが、年をとったということに関してこのごろ思ったこと。
ちょっとしたクレームをサービス機関の窓口などで言うときのことです。こちらとしては、たいしたクレームでもなく、状況確認だったり、問題を指摘したりする程度のつもりであっても、窓口の方は、たいてい「コワゴワ」と私にお詫びする態度にでるのです・・。???
 そんなつもりで言っているのではないんですが、どうしてなんだろうと思っていました。若いころだったら、今と同じような指摘をしても、「ふん」という態度であしらわれ、しょんぼりして帰るのがオチだったというのに。今はそのつもりもなくても、クレームととられてしまう。
 これは、年をとり、知らないうちにコワイオーラ、ある種の迫力を身のまとってしまった結果なのだろう・・・と思ったのでした。
 ちょっと複雑ですが、まあ、それもよかろう。

 ・・・・ふむ、この納得の仕方が、多少の年を重ねた迫力オーラの源に違いない。そう考えると、これもなかなかよきものですね。

2011年4月 6日 (水)

新学期がはじまる

 ずいぶん更新しないままに、新学期となりました。前回、卒論のコメントは改めて、と書きながら、1ヶ月半ほど経ってしまいました。
 前回のブログ更新後、知人の急逝、知人のパートナーの急逝。いずれも30代の若さでした。そして、本学の学生が引き起こした「事件」のショックに沈潜している、その翌週には東日本大震災。
 ひとつひとつを自分の中でうまくとらえきれないままに、次から次へと頭部を殴打されるような出来事が続き、自分の内側から何かを表現したいという思いから遠ざかっていました。表現していくことで、少しでも整理し、とらえる道筋をたてる、ということもこの間、忘れていました。
 
 簡単な備忘録を記します。
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・3月1日(火)
 現在、学外評議員をさせていただいている熊本商業高校の卒業式に出席。高校の卒業式は、自分の卒業以来はじめてなので、興味深い。在校生の送辞、卒業生の答辞が驚くほどすばらしかった。とくに卒業生の答辞は、ゆっくりと心のこもった聞く側にまっすぐ伝わることばだった。私も見習いたいと思ったほどだ。「蛍の光」、「仰げば尊し」の歌の意味をじっくり噛み締めた。直接、師でも卒業生でもないのに目頭が熱くなる自分がおかしかった。

・3月5日(土) 
 公開講座Do学問「村上春樹の魅力を語る:1Q84から見えるもの」で登壇。「リトル・ピープル」という邪悪なるものの系譜から見えるものをお話した。つい、学会発表のようにレジュメを準備しすぎて16枚くらいになり、あとでもっとポイントだけ話せばよかった、と後悔。講演という形に慣れてない自分を改めて自覚。

・3月12(土)
 4年のゼミ生の結婚式。卒業式直前の式だが、卒業後に新郎の勤務する東京での生活をはじめるためにということのようだ。私は新婦恩師としてスピーチを頼まれていた。スピーチも、職業柄得意だろうと思われがちだが、とんでもない。いつになっても緊張するし、うまく話せないので、辞退しようかとも思ったが、やはりお引き受けする。伝わることばで話そうと多少練習したが、その場でいくつか内容を変えて話す。
 お似合いのカップルで、お二人の前途の温かなことを願う。
 震災の翌日の式だったので、私自身の心中はかなり錯綜。11日から12日の午前中に釘付けになったテレビの映像や続いているカタストロフとはまったく別世界で、12日午後の数時間を過ごしている気がした。

・3月23日(水)Syaonkai2011324_2
 卒業式。晴れた空でよかった。ゼミ生に卒論を渡し、本当に彼女たちはこれから巣立つのだと実感。笑顔がみなさん素敵だった。ただ、すでに就職先で研修がはじまっていたり、すでに入社していたりという学生が多かった。なかには仕事で卒業式に出られない、という学生もいて、卒業式まではせめて大学生でいられないものなのかと思った。
 学生たちが翌日、心づくしの謝恩会を開いてくれた。ありがたく、いい会だった。

・3月29日(火)
 熊日より「labo」という記事での取材。どんなゼミかの紹介記事である。急遽ゼミ生3名に来てもらい、1時間ほどの取材だった。黒肥地さん、井芹さん、高木さん、ご協力ありがとうね。この記事は、4月4日(月)朝刊に掲載された。

・3月30日(水)31日(木)
 (新)西日本宗教学会発足。開催校である鹿児島大学の西村明さんのご尽力には敬服。数年前に休止していた学会の発足なので、懐かしい方々にお会いする。私が学部のころからお世話になっていた笠井先生も来られたが、少しもお変わりでなく若々しい。院生や若い方の発表も多く頼もしかった。
 九大の飯嶋さんにも会えて、話が弾む。一緒に読書会などやっているものの、今の福島原発問題など、水俣と重ねて話が尽きない。

・4月1日(金)
 在校生登校日。新学期のはじまり。

・4月3日(日)
 入学式。今年は、本学科に90名の新入生を迎えた。オリエンテーションも欠席がないようで、学科の教員の間でも評判がよい。

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